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大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)8505号 判決

原告

新井慶全こと朴慶全

被告

川上健治

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、四〇七二万五一一七円及び内金三六七二万五一一七円に対する昭和五三年五月二一日から、内金四〇〇万円に対する昭和五五年一月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

被告は、昭和五三年五月二〇日午前一〇時二五分ころ、普通貨物自動車(六大阪よ四七四号、以下「被告車」という。)を運転して大阪府八尾市東山本町七丁目三番一五号付近道路(以下「東西道路」という。)を東から西に向かつて進行中、右道路と南北に交差する道路(以下「南北道路」という。)との交差点において、南北道路を北から南に向かつて進行してきた原告運転の普通貨物自動車(和泉四〇か三五―二五号、以下「原告車」という。)の進路を遮るようにしてその直前を走行したため、これを避け切れなかつた原告車の前部が被告車に衝突した(以下「本件事故」という。)。

2  原告の受傷、治療、後遺障害

原告は、本件事故により頸部捻挫、腰部打撲捻挫、頭部打撲傷、両側内側々副靱帯損傷等の傷害を受け、そのため、昭和五三年五月二〇日から同年九月一八日まで(一二二日間)羽野病院に入院し、同年同月一九日から昭和五四年八月末日まで同病院に通院して治療を受けたが、完治せず、脊髄損傷による左半身運動知覚全麻痺、神経因性膀胱による強度の排尿困難、勃起不能、外傷性左眼網脈絡膜萎縮による視力及び視野障害、左上肢機能全廃、脳外傷による平衡機能障害等の後遺障害を残存させたまま、昭和五三年一〇月三一日その症状が固定した。原告の右後遺障害は、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)施行令二条後遺障害別等級表(以下「等級表」という。)第一級に該当する。

3  責任

被告は、被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき本件事故により原告に生じた後記損害(ただし、物損を除く。)を賠償する責任がある。また、被告は、本件事故当時、交差点手前で一時停止もしくは徐行し左右の安全を確認して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、原告車がすぐ近くまで接近してきているのに、一時停止も徐行もすることなく、漫然と加速して被告車を交差点に進入させた過失により本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条に基づき本件事故により原告に生じた後記損害を賠償する責任がある。

4  損害

(一) 治療費 二五〇万一一五〇円

原告は、前記入通院治療のための治療費につき、羽野病院に対し合計二五〇万一一五〇円の債務を負担した。なお、このうち四三万六三五〇円は、症状固定後の通院治療費であるが、これは、症状固定後も原告の発熱や患部の疼痛が解消せず、また、ゴム管導入による強制排尿に伴う諸検査が必要であつたため、通院治療を余儀なくされていたことによる治療費であるから、これもまた本件事故と相当因果関係に立つ損害に当たる。

(二) 入院雑費 一二万二〇〇〇円

原告は、前記のとおり、一二二日間入院して治療を受けたが、その間、一日当たり一〇〇〇円、合計一二万二〇〇〇円の雑費を支出した。

(三) 付添費 一〇〇八万一四一六円

(1) 原告は、前記入院期間中付添看護を必要とし、原告の妻が付添看護をしたが、右の付添看護費は、一日当たり三〇〇〇円、合計三六万六〇〇〇円である。

(2) さらに、昭和五三年九月一九日から昭和五四年一一月末日までの四三〇日間、通院及び強制排尿などのため付添を必要とし、原告の妻がこれに当たつた。右の付添費は、一日当たり一五〇〇円、合計六四万五〇〇〇円である。

(3) のみならず、前記後遺障害のため、今後少くとも二七年間にわたり近親者の付添介助を必要とするところ、右付添費は一日当たり一五〇〇円であるから、これを基礎とし、年五分の割合による中間利息を控除して右期間中の付添費の現価を求めると、次の計算式のとおり、九〇七万〇四一六円となる。

1,500×30×12×16.804=9,070,416

(四) 装具費 一三万〇五〇〇円

原告は、前記後遺障害のため、下肢、体幹、上肢用の装具を必要とし、そのための代金として一三万〇五〇〇円を支出した。

(五) 休業損害 五五〇万円

原告は、本件事故当時、丸新鮮魚の名称で鮮魚販売業を営み、一日平均一五万円の売上げがあり、経費を控除すると、一日当たりの純収益は一万五〇〇〇円であつたが、一か月平均二〇日間稼働していたので、一か月の純収益は三〇万円であつたところ、昭和五三年五月二〇日から昭和五四年一一月末日までの間、本件事故による入通院及び療養生活のために休業せざるを得ないこととなり、その結果、合計五五〇万円の収益を失つた。

(六) 後遺障害による遺失利益 六〇四九万四四〇〇円

原告は、本件事故当時四〇歳の健康な男子であつたから、本件事故に遭わなければ、就労可能な六七歳までの二七年間、引き続き一か月当たり三〇万円宛の収益を得られたはずであつたところ、本件事故に起因する前記後遺障害のため、生涯にわたつてほとんど寝たきりの生活を余儀なくされることとなり、就労することも全く不可能な状態となつた。そこで、右就労不能によつて失うこととなる収益の総額からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、右逸失利益の現価を求めると、その額は、次の計算式のとおり、六〇四九万四四〇〇円となる。

300,000×12×16.804=60,494,400

(七) 慰藉料 一五九五万円

原告が本件事故によつて被つた精神的肉体的苦痛を慰藉するに足りる慰藉料の額は、入通院の日数に応じて算出した九五万円及び後遺障害の程度に応じて算定した一五〇〇万円の合計額一五九五万円が相当である。

(八) 自宅増改築費 四三万四〇五〇円

原告は、本件後遺障害によりほとんど寝たきりの生活を余儀なくされることとなつたところから、自宅に原告専用の寝室兼療養室を設けることが必要となつたが、従来の間取りでは手狭でその余裕がなかつたため自宅を増改築せざるを得ないこととなり、その費用として四三万四〇五〇円を支出した。

(九) 原告車修理代 一五万二三五〇円

本件事故により原告所有の原告車の前部が大破したが、その修理費は一五万二三五〇円である。

(一〇) 魚の損料 一五万〇四七五円

本件事故の際、原告車には原告所有の鮮魚一五万〇四七五円相当分が積載されていたが、事故のため売り捌くことができず、廃棄せざるをえなくなつた。

(一一) 弁護士費用 四〇〇万円

原告は、本訴の提起及び追行を原告訴訟代理人に委任し、その報酬として四〇〇万円の支払を約した。

5  損害の填補

原告は、被告車の自賠責保険から治療費として九五万九〇三〇円、後遺障害慰藉料として一五〇〇万円の保険金の支払を受けた。

6  過失相殺

本件事故の発生については、被害者である原告にも過失があり、その割合は三割である。

7  結論

よつて、原告は被告に対し、自賠法三条、民法七〇九条に基づき、4記載の損害の合計額七九六〇万七三一〇円の七割に当たる五五七二万五一一七円から5記載の既払額を控除した四〇七二万五一一七円及び弁護士費用四〇〇万円を除く内金三六七二万五一一七円に対する本件事故の日の翌日である昭和五三年五月二一日から、内金四〇〇万円(弁護士費用)に対する訴状送達の日の翌日である昭和五五年一月二〇日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める(ただし、原告車及び被告車は、いずれも普通貨物自動車ではなくて軽貨物自動車である。)。

2  同2の事実は知らない。仮りになんらかの傷害を負つたとしても、本件事故の態様及び衝突時の衝撃の程度からすれば、原告主張のように重い傷害であるはずはない。また、左眼の視力・視野障害は、近視によるもので本件事故とは関係がないし、腰部の障害も昭和六〇年一〇月までにはほぼ消失している。さらに、排尿困難等の障害も等級表第一一級一一号程度のものにすぎない。

3  同3の事実中、被告が被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたことは認めるが、その余の点は否認する。

4  同4の事実は知らない。なお、原告は、昭和六〇年一〇月頃までには健康体となんら差異のない状態にまで回復していたものであつて、全生涯にわたつて寝たきりの状態であるわけでは毛頭ないのであるから、そのことを前提とするような損害の発生などありえないことである。

5  同5の事実は認める。

三  抗弁

1  過失相殺

本件事故現場である交差点に進入するに際して、原告もまた前方を注視し、減速すべきであつたのに、これを怠り、前方を十分注視することなく、また、減速もしないまま時速約三〇キロメートルの速度で本件交差点に進入したため原告車が被告車の側面に衝突したものであつて、本件事故の発生については原告にも過失があるというべきであり、その過失の割合は、原告六対被告四である。

2  弁済

被告は原告に対し、原告の自認する既払分のほか、治療費として一〇〇万円支払つた。

四  抗弁に対する否認

1  抗弁1の事実のうち、原告にも過失があつたことは認めるが、その過失割合が六割との点は否認する。その割合は、前記のとおり、せいぜい原告三対被告七である。

2  同2の事実は否認する。

第三証拠

本件記録中の書証及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  事故の発生

請求原因1の事実は、原告車及び被告車の車種の点を除き当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第五号証によれば、右車両はいずれも軽四輪貨物自動車であることが認められる。

二  原告の受傷、治療、後遺障害

1  成立に争いのない甲第三ないし第八、第一一、第一二号証、第一四号証の一ないし八、第一五号証の一ないし三、第二八、第三四号証、乙第四号証の一ないし三、原本の存在及び成立に争いのない同第一九号証の一ないし三、第二一号証、原告本人尋問の結果及び鑑定人園田孝夫の鑑定の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  原告は、本件事故後ただちに救急車で運ばれた現場近くの貴島病院において診察、治療を受け、頭部の外傷Ⅱ型、胸部、左膝挫傷、膝関節血腫の診断がなされたが、その時点では特に重い症状もなかつたので、一旦は帰宅することにした。ところが、頭痛・腰痛がひどくなつてきたため、当日夕方頃自宅の近くの羽野病院に赴いて再び診察を受けたところ、頸部捻挫、右膝部・腰部打撲、頭部打撲傷の診断がなされ、そのまま同病院に入院することになつた。しかし、重篤な頭部外傷や脊椎・脊髄の損傷は認められなかつた。

(二)  その後、同年七月一二日になつて、どのような経過からか、同病院において両側内側々副靱帯損傷の診断名が付加された。

(三)  原告は、羽野病院に入院した後三週間を経過した頃、高熱を発して一時排尿障害を生じたことがあるが、この症状はすぐに軽快するにいたつた。ところが、同年七月末から再び自尿がなくなり、導管で導尿するようになつたので、同病院の紹介により同年一〇月一二日大阪厚生年金病院において診察を受けた結果、神経因性膀胱との診断が下された。

(四)  原告は、右傷害の治療のため、昭和五三年九月一八日まで羽野病院に入院し、その後は同病院に通院して治療を受けていたが、完治するにはいたらず、右神経因性膀胱による排尿困難(カテーテルを用いて導尿しなければ排尿できない)及び勃起不能の後遺障害を残存させたまま、昭和五三年一〇月三一日、その症状が固定するにいたつた。しかし、原告は、その後も昭和五四年八月末日まで通院治療を続けた。

(五)  右後遺障害は、本件事故による骨盤部・腰部打撲の衝撃が直接的あるいは間接的(神経周囲組織の出血、瘢痕形成)に膀胱知覚神経及び陰部神経に不完全損傷を生ぜしめたことに起因するものである。

以上の認定事実によれば、原告が本件事故によつて右(一)のごとき傷害を受けて入通院治療をしたこと、同(四)のような後遺障害が残存したこと、この後遺障害と本件事故との間に因果関係が存在することはいずれも明らかといわなければならないところ、前記鑑定結果及び鑑定人小野啓郎の鑑定の結果(以下「小野鑑定」という。)によれば、原告の排尿困難の症状は、自己導尿法(一六号ネラトン・カテーテル使用)による排尿により適切に対処することが可能なものであり、現に原告はその方法で排尿していること、右排尿困難の点を除いて原告には日常生活動作上他に特段の支障はなく、他覚的所見からすれば、健康体となんら差異が存在しないことが認められるのであつて、これらの事実からすれば、右後遺障害は、等級表第一一級一一号(「胸腹部臓器に障害を残すもの」)に該当するものと認めるのが相当である。

2  ところで、原告は右後遺障害のほか、本件事故に基づく後遺障害として、脊髄損傷による左半身運動知覚全麻痺、外傷性左眼網脈絡膜萎縮による視力及び視野障害、左上肢機能全廃、脳外傷による平衡機能障害等も存在し、これらを総合すると、原告の本件事故による後遺障害の程度は等級表第一級に該当する旨主張するので、次にこの点について検討する。

(一)  前掲甲第一二、第三四号証、成立に争いのない同第九、第一〇号証、第一三号証の一、原本の存在及び成立に争いのない乙第二二号証、弁論の全趣旨によつて原本の存在及び成立の真正が認められる同第二三、第二四号証、証人松山道郎の証言及び鑑定人真鍋禮三の鑑定の結果(以下「真鍋鑑定」という。)によれば、原告には左眼網脈絡膜萎縮による視力及び視野障害の存することが認められ、右甲第一二号証、第一三号証の一(いずれも診断書)中には、右の障害が外傷性のものである旨の記載があるが、真鍋鑑定によれば、原告の左眼に認められる右障害は、二〇ヂオブター以上の軸性近視(最強度近視)であつて屈折性近視によるものでないこと、外傷によつて発生する近視はすべて屈折性近視であり、外傷によつて軸性近視、特に最強度近視が発生するようなことはないことが認められるのであつて、これらの点に照らすと、右障害が本件事故に起因する蓋然性は極めて乏しいものといわなければならず、右の各診断書の記載はにわかに採用することができない。しかも他に、原告の右障害が本件事故によつて生じたことを認めるに足りる証拠はない。

(二)  さらに、前掲甲第一三号証の一(医師丸茂仁作成の昭和五四年一月二五日付診断書)には、原告に脊髄損傷による左半身運動知覚全麻痺、左上肢機能全廃、脳外傷による平衡機能障害が存在する旨の記載があり、また、前掲甲第一二(医師羽野崇作成の昭和五四年一月一九日付後遺症診断書)、第二八(同医師作成の昭和五三年一〇月三一日付後遺症診断書)号証及び原告本人尋問の結果中には、原告に腰部・頭部痛、左上肢脱力感・筋緊張、左手麻痺、左下肢不安定・脱力感、第五腰椎圧痛・運動制限、両膝・左肩及び左足関節運動制限、腰部・下肢・全身にかけての熱感等の自覚症状・他覚症状を内容とする後遺障害が存在する旨の各記載・供述部分がある。

しかしながら、前掲甲第三ないし第八、第一二、第二八、第三四号証、乙第四号証の一ないし三、第一九号証の一ないし三及び小野鑑定によれば、原告が前記貴島病院及び羽野病院において診察を受けた際、当初軽度の頭部外傷、胸部及び左膝挫傷、膝関節血腫が認められただけで、骨折や重篤な頭部外傷、脊椎・脊髄損傷、左半身麻痺は全く認められなかつたこと、昭和六〇年七月二二日時点でのレントゲン検査の結果、原告の脊柱は頸椎から仙椎に至るまで正常で、なんら異常所見は認められず、また、右同日の脊髄造影検査やCT検査の結果も正常で、脊髄や馬尾神経を圧迫する異常所見は認められなかつたこと、さらに、右時点での原告の愁訴として現存するのは腰痛と右下肢のしびれ感だけで、それ以外にはなく、日常生活動作においても、歩行、起坐、衣服着脱に支障はなく、身体所見の点でも、脊柱及び四肢には外見上も機能上も明らかな異常はなく、ただ僅かに左側側頸部ほぼ第四頸椎付近に圧痛を訴える程度であること、このほか、同時点における原告の脳神経、脊髄、頸部及び腰部の神経根等には神経学的異常所見はなく、明らかな筋萎縮もないことがそれぞれ認められ、右鑑定を左右するに足りる証拠はない。

しかして、右認定の事実に照らすと、原告に脊髄損傷・脳外傷が存在するものとはとうてい認めることができないから、これに起因する左半身運動知覚全麻痺、左上肢機能全廃、平衡機能障害が認められる旨の前記甲第一三号証の一の記載部分は正確な診断に基づくものということができず、また、腰部・頭部痛、左上肢脱力感、筋緊張、左手麻痺、左下肢不安定・脱力感、第五腰椎圧痛・運動制限、両膝・左肩及び左足関節運動制限、腰部・下肢・全身にかけての熱感等の症状についても、昭和五三年一〇月頃以降もなおしばらく残存していたことが窺われはするものの、その後漸次軽快し、昭和六〇年七月頃までには消失するにいたつたと推認すべきものといわざるをえない。

(三)  したがつて、本件事故と因果関係のある後遺障害としては、結局前記1において認定した神経因性膀胱による排尿困難及び勃起不能のみが残存したものというべきである。

三  責任

被告が被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。したがつて、被告は、自賠法三条に基づき、本件事故により原告が受傷したことによつて被つた損害を賠償する責任がある。

さらに、前掲乙第五号証、成立に争いのない同第六ないし、第九、第一三、第一四号証、被告本人尋問の結果によれば、被告は、本件事故の直前、東西道路を時速約三〇キロメートルの速度で東から西に向かつて進行中、本件交差点の手前一四、五メートルの地点において、原告車が南北道路上本件交差点の手前約二〇メートルの地点を南進し、同交差点に接近していることを発見したこと、東西道路の幅員は二・六メートルであるのに対し、南北道路の幅員は、車道部分が三・三七メートル、歩道部分も含めると約四・六メートルであつて、東西道路よりやや広くなつていることがそれぞれ認められるところ、右認定の事実からすれば、東西道路上の車両の運転者である被告としては、原告車の動静を注視しつつ適宜減速徐行したうえ、原告車を先に交差点内を通過させた後自動車を交差点内に進入させる等して衝突事故を未然に防止すべき注意義務があつたものというべきである。しかるに、右各証拠によれば、被告はこの注意義務を怠り、原告車の動静を注視しないまま、自車の方が先に交差点内を通過することができるものと軽信し、減速徐行の措置をとることなくそのままの速度で被告車を交差点に進入させたため、本件事故を発生させるにいたつたことが認められるので、本件事故は被告の過失によつて発生したものというべく、したがつて、被告は、民法七〇九条に基づき、本件事故により原告が被つた物的損害についてもこれを賠償する責任がある。

四  損害

1  治療費 二〇六万四八〇〇円

原告が本件事故により被つた傷害のため昭和五三年五月二〇日から同年一〇月三一日まで羽野病院に入通院して治療を受けたことは前記のとおりであり、前掲甲第一四号証の一ないし八、第一五号証の一ないし三によれば、原告は右期間中の治療費につき、同病院に対し、二〇六万四八〇〇円の債務を負担したことが認められる。

ところで、成立に争いのない甲第一六号証によれば、原告は右のほか、昭和五三年一一月一日から昭和五四年八月三一日まで同病院に通院して治療を受けたこと、その治療費は合計四三万六三五〇円であることが認められるが、原告の症状が固定してそれ以上治療を加えても治療効果が上らなくなつたのが昭和五三年一〇月三一日頃のことであることは前認定のとおりであるから、右の治療費は、その意味において本件事故と相当因果関係のある損害ということはできない。もつとも、症状固定後もなおしばらく原告の腰部、左上下肢等に疼痛、脱力感等の症状が残存していたことは前記のとおりであつて、そうである以上はなお治療を要する状態にあつたものといわざるをえないかのごとくであるけれども、これらの症状がその後漸時軽快し、やがて消失するにいたつたことも前記のとおりであり、しかも、その症状の消失が右症状固定後の治療行為によつてもたらされ、もしくは早められたことを窺わせるような証拠も見当たらないので、右のような事情があるからといつて、右症状固定後の治療費をもつて、本件事故と相当因果関係に立つ損害に当たるものとみることができないことに変わりはないというべきである。

2  入院雑費 一二万二〇〇〇円

原告が本件事故による傷害の治療のため一二二日間入院したことは前記のとおりであるところ、この間に要した入院雑費は、経験則上、一日当たり一〇〇〇円、合計一二万二〇〇〇円であると推認するのが相当である。

3  付添費 二〇万四〇〇〇円

(一)  前掲甲第四、第五号証によれば、原告の前記入院期間のうち、昭和五三年五月二〇日から同年七月一〇日まで及び同年同月三一日から同年八月一五日までの合計六八日間については、その症状に照らして付添看護を必要としたことが認められるとともに、証人新井道子の証言及びこれによつて真正に成立したものと認められる甲第三〇号証によれば、右の期間原告の妻新井道子が付添看護をしたことが認められるところ、右付添看護のために要した費用は、経験則上、一日当たり三〇〇〇円、合計二〇万四〇〇〇円であると推認するのが相当である。しかしながら、その余の入院期間については、付添看護を必要とするほどの状態であつたこと及び何びとかが原告の付添看護をしたことを認めるに足りる証拠はない。

(二)  また、原告は、退院後の昭和五三年九月一九日以降同五四年八月末日までの間も通院及び強制排尿などのため付添を必要とし、現に原告の妻が付添をした旨主張するので、この点につき検討するに、原告の本件事故による受傷が軽度の頭部外傷、胸部及び左膝挫傷、膝関節血腫のみであつて、検査・診察の結果によるも骨折や重篤な頭部外傷、脊椎・脊髄の損傷、左半身麻痺は認められなかつたこと、昭和五三年七月末頃から排尿が困難となり、カテーテルを用いて導尿しなければ排尿できない状態となつたことは前記認定のとおりであるところ、原告本人尋問の結果によれば、右カテーテルによる導尿については、当初は他人の介助を必要としたものの、昼間パートタイマーとして稼働していた妻の出勤前及び帰宅後に同人の介助により支障なくこれを処理し、食事、排便も独力でこれを行つていたほか、独力で散歩に出かけたり、近所の者と飲酒や麻雀をしたりすることもあつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右の事実によれば、前記期間中の付添ないし介助の必要性については、これを肯認することはできないというよりほかはない。

(三)  さらに、原告は、本件事故による受傷の後遺障害のため、生涯にわたつてほとんど寝たきりの生活を余儀なくされるにいたり、将来少くとも二七年間は近親者の付添介助を必要とする状況にある旨主張して、その間の付添費用の賠償を求めているけれども、前記二の1及び2に認定の事実関係からすれば、原告の右主張事実を認めることはとうていできないというべきであるから、この主張もまた採用の限りではない。

4  装具費 一三万〇五〇〇円

本件事故による受傷のため、昭和五三年一〇月頃以降もなおしばらく、原告に腰部痛、左上肢脱力感、左下肢不安定・脱力感、両膝・左肩・左足関節運動制限等の症状が残存したことは前記のとおりであるところ、証人新井道子の証言により真正に成立したものと認められる甲第一八号証及び右証言によれば、原告は、医師の勧めにより右症状に対処するための装具の製作を有限会社田中義肢製作所に注文し、その代金として一三万〇五〇〇円を支払つたことが認められ、右装具代は、本件事故と相当因果関係のある損害ということができる。

5  休業損害 一五六万六九一二円

成立に争いのない乙第九号証、第一二号証の三、証人新井道子の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第一九号証の一ないし一〇、第二二号証、原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる同第二六号証、第三二号証の一ないし一一三、第三三号証の一ないし九一によれば、原告は、昭和一四年七月一九日生まれの事故当時三八歳の健康な男子で、昭和五〇年二月ころから「丸新鮮魚」の名称で鮮魚販売(行商)業を営み、相応の収入をあげて一家(妻と二人の子の四人家族)の家計を支えてきたこと、本件事故による受傷及びその治療のため、本件事故の日である昭和五三年五月二〇日から症状固定日である同年一〇月三一日までの一六五日間、右営業に従事して利益をあげることができなくなつたことが認められる。しかし、右鮮魚販売業による一か月の純収益が三〇万円であつたとの点については、原告本人尋問の結果中に右一か月の純収益が五〇万ないし七五万円であつた旨の供述部分があり、また、証人新井道子の証言中に右一か月の純収益が四〇万ないし九二万円であつた旨の供述部分があるが、いずれもただその旨を述べるだけで、これを裏付けるに足りる的確な資料は見当らないので、これらの供述のみを採つて右事実を認定することはとうていできないといわなければならない。もつとも、前掲甲第三二号証の一ないし一一三、第三三号証の一ないし九一(原告作成にかかる鮮魚類の納品書及び注文請書)によれば、原告がその得意先から、いずれの年度かのお正月用の鮮魚につき相当額に上る注文を受けたことが窺われるけれども、そのように限られた一定時期における注文高のみによつて右純収益の額が裏付けられるものでないことはいうまでもないところであつて、しかも、他に原告の収入額を的確に認定しうるような証拠は存在しない。

しかし、原告が鮮魚販売業によつて相応の収入をあげ、親子四人の一家の家計を支えてきたことは前記認定のとおりであるから、少くとも昭和五三年賃金センサス第一巻第一表、産業計、企業規模計、学歴計の男子労働者の平均賃金(三五ないし三九歳)である年間三四六万六二〇〇円を下らない収入を得ていたものと推認するのが相当であり、したがつて、前記休業期間中、次の計算式のとおり、合計一五六万六九一二円の得べかりし利益を失つたものというべきである。

3,466,200÷365×165=1,566,912

6  後遺障害による逸失利益 一一九三万八三五五円

本件事故によつて原告の受けた傷害の後遺障害として神経因性膀胱による排尿困難及び勃起不能が残存したこと、その後遺障害が等級表第一一級一一号に該当するものであることは前記のとおりであるから、原告は、昭和五三年一一月一日以降稼働可能な六七歳までの二八年間にわたり、その労働能力の二〇パーセントを喪失したものと認めるのを相当とするところ、原告が昭和五三年当時年間三四六万六二〇〇円を下らない収入を得ていたものと推認すべきことは前記のとおりであるから、右の額を基準としてこれに右労働能力喪失率を乗じ、これからホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して、右期間中の逸失利益の症状固定時における現価を求めると、その額は、次の計算式のとおり、一一九三万八三五五円となる。

3,466,200×0.2×17.2211=11,938,355

7  慰藉料 三三〇万円

原告の前記入院状況、後遺障害の程度その他本件において認められる諸般の事情を斟酌すれば、本件事故により原告の被つた精神的肉体的苦痛を慰藉するに足りる慰藉料の額は、三三〇万円と認めるのが相当である。

8  自宅増改築費

証人新井道子の証言及びこれによつて真正に成立したものと認められる甲第二〇号証によれば、原告の自宅の間取りは、従前、玄関口に面した四畳半の間及び奥の六畳の間の二間であり、そのうち四畳半の間は原告夫婦が、六畳の間は二人の子がそれぞれ使用していたところ、その奥の間に接続して原告専用の寝室として二畳の間を増築し、その費用として四三万四〇五〇円を要したことが認められる。しかし、原告が本件事故による受傷の後遺障害のため、ほとんど寝たきりの生活を余儀なくされることとなつたものと認められないことは前記のとおりであり、本件事故のために右増築の必要が生じたとの点についてはこれを認めるに足りる証拠が存在しないから、右増築のための費用が本件事故と相当因果関係のある損害であると認めることはできない。

9  原告車修理代 一五万二三五〇円

前掲乙第五ないし第九、第一三、第一四号証、証人新井道子の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第二一号証の一、二によれば、本件事故により、原告所有の原告車の前部が損壊され、その修理費として一五万二三五〇円を要したことが認められる。

10  魚の損料 一五万〇四七五円

前掲甲第二二号証、乙第五ないし第九、第一三、第一四号証、原告本人尋問の結果によれば、本件事故の際、原告車には原告所有の鮮魚(一五万〇四七五円相当分)が積載されていたところ、本件事故のためにこれを売り捌くことができず、廃棄せざるをえなくなつたことが認められる。

五  過失相殺

本件事故現場付近の道路の状況、衝突直前の原被告両車の位置関係、見通しは前記のとおりであるから、南北道路を走行して北から本件交差点に接近してくる自動車の運転者である原告としても、東西道路を東から本件交差点に接近してくる被告車の動静に注意を払い、適宜減速するなどして衝突事故の発生を防止すべき注意義務があつたのに、前掲乙第六、第八号証によれば、原告はこれを怠り、被告車の動静に十分注意を払わず、また、減速しないまま時速三〇キロメートルの速度で進行したため、交差点の手前約八メートルの地点にいたつてようやく被告車を発見したが、間に合わず、自動車前部を被告車の右側部に衝突させたことが認められるので、本件事故の発生については被害者である原告にも過失があり、かつ、右の事実によれば、原告の右過失の割合は三割とみるのが相当というべきである。

そこで、右被害者の過失を斟酌して前項記載の原告の損害合計一九六二万九三九二円からその三割に当たる金額を控除すると、その額は一三七四万〇五七四円となる。

六  損害の填補

原告が本件事故による損害の賠償として、自賠責保険から合計一五九五万九〇三〇円の保険金の支払を受けたことは当事者間に争いがない。そうすると、原告の被告に対する本件事故に基づく損害賠償請求権は、その全損害が填補されたことにより消滅するにいたつたことが明らかである。

七  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原弘道 山下満 橋詰均)

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